研究

ミトコンドリアは、生命のエネルギー源であるATPを産生し、生命活動に極めて重要な役割を担います。ミトコンドリアの機能破綻は、重篤な生命危機をもたらし、疾患発症へとつながります。ミトコンドリアの異常によって起きる疾患を総称して”ミトコンドリア病”と呼びます。ミトコンドリア病は、5000人に1人に発症するとされる、頻度の高い遺伝性の難病です。国の定める指定難病および小児慢性特定疾病となっています。これまで、ミトコンドリア病の研究に重点的に取り組んできました。埼玉医科大学小児科と順天堂大学難病の診断と治療研究センター、千葉県こども病院代謝科との共同研究を通じ、ゲノム解析から病態機序の解明、創薬と幅広く疾患解明に努めてきました。それらの取り組みから、NDUFA8, PTCD3, C1QBP, MRPS23, QRSL1, SLC25A26など新規の疾患原因遺伝子を同定しました(業績参照)。共同研究体制の中で、疾患克服のために継続して、ゲノム解析研究や病態解明に取り組んでいます。現在の重点課題は以下の通りです。

ミトコンドリア病のゲノム解析と病態解明

➤AMED難治性疾患実用化研究事業の「多様なミトコンドリア病の遺伝子型/表現型/自然歴等をガイドラインに反映させていくエビデンス創出研究」(代表者:村山圭)に協力者として参画(2020-2022)

ミトコンドリア病の病型は多岐に渡り、その原因も様々です。現在までに約420ほどのミトコンドリア病原因遺伝子が報告されています。これまでに診断システムとして、ミトコンドリア病の原因遺伝子を対象としたパネル検査を構築しました。パネル検査で原因が確定できなかった症例に対しては全ゲノム解析により、原因の確定を行なっています。これらの大規模なゲノム解析の取り組みから、日本人ミトコンドリア病の遺伝的背景を明らかにしました(Kohda & Kishita et al, PLOS Genet, 2016)。当時としては最大規模となる142名の患者を対象としたゲノム解析を実施しました。また、その後もLeigh脳症やミトコンドリア心筋症、ミトコンドリア肝症、新生児ミトコンドリア病など様々な病型とその遺伝的特徴も明らかにしてきました(Ogawa et al, JIMD, 2020: Imai-Okazaki et al, Int J Cardiol, 2021: Shimura et al, Orphanet J Rare Dis, 2020: Ebihara et al, Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed, 2021)。

ミトコンドリア病におけるVUSの網羅的解析

➤AMEDゲノム創薬基盤推進研究事業の「日本人小児ミトコンドリア病の固有VUSに対する網羅的な機能的アノテーション」(代表者:岡﨑康司)に分担者として参画(2020-2022)

疾患のゲノム解析を進めていけばいくほど、臨床的意義が不明なバリアント(VUS)が蓄積していきます。ゲノム解析をしてもVUSが同定された場合には、結果返却が困難となります。VUSの蓄積は遺伝子診断において律速段階となっており、現在大きな問題となっています。コンピュータ解析による予測(In silico解析)が開発および改良され、バリアント評価が非実験的にできるようになってきてはいるものの、これらの解析は決定的なものとはなりません。我々はこれらのVUSの問題を解決するため、実験的に一挙にVUSの機能的検証を行うことができる解析システムを構築しています。特に日本人ミトコンドリア病患者に多くみられる原因遺伝子を対象として、VUSの解析を進めています。

ミトコンドリア病におけるマルチオクス解析

➤科研費・基盤研究B「遺伝子発現異常を生じるミトコンドリア病原因変異の包括的解析」(代表者:岡﨑康司)に分担者として参画(2019-2021)

従来のゲノム解析は万能ではなく、ミトコンドリア病の約半数以上の症例では原因が未解決となっています。この問題を解決する方法として、マルチオミクスというRNAやタンパク質、代謝物など様々な解析を組み合わせた、原因解析を実施しています。原因不明となっていた症例において全遺伝子を対象としたRNAシーケンスと全ゲノム解析を組み合わせることで、NDUFV2遺伝子に新たな疾患原因を同定し、原因解決に結びつけることができました(Kishita et al, Hum Mutat, 2021)。また、国際共同研究としてもマルチオミクス解析を進め、従来の方法では未解決となっていた複数の症例において原因を解明することができました(Yépez et al, Genome Med, 2022)。

ミトコンドリアの鉄ホメオスタシスの破綻と疾患の関連

➤科研費・新学術領域研究『「生命金属科学」分野の創成による生体内金属動態の統合的研究』(領域代表者:津本浩平)の公募班・代表者として参画(2020-2021)

鉄はミトコンドリアの機能に必須な金属として知られています。ミトコンドリアは鉄を取り込み、ヘムや鉄硫黄クラスターを合成します。また鉄代謝制御の場としてミトコンドリアは重要な役割を果たすと考えられています。これまでのミトコンドリア病原因解析からヘムや鉄硫黄クラスター合成に関わる遺伝子が原因として同定されました(Kohda & Kishita et al, PLOS Genet, 2016)。鉄制御のシステムは十分に理解されておらず、その分子メカニズムを明らかにするため、鉄硫黄クラスター合成の破綻およびヘム合成の破綻がもたらす鉄制御系の変化を解析しています。